再び「注文を間違える料理店」について考える

介護

今朝、私の尊敬する下河原忠道さんがこんなツイートをしていました。


これ読んでハッとしました。

この話、もっと深いところに大きな問題点抱えているんじゃないか。

下河原さんのいう「違和感」を自分も感じたからこそ昨日のブログを書いたんじゃないのか?

そんなことを考えているうちに、この「違和感」の正体に自分なりに行きつきました。

それは、「認知症の人と対等な目線で作られていないんじゃないか」ということ。

私の祖母は認知症で今でこそ施設で生活していますが、家にいるときにはシルバー人材センターで公園の掃除をしていました。

受診したときにはずいぶん症状は進んでいたので、掃除の仕事がどれくらいできていたかは不明です。

しかし、仕事で大変だったという話はなく、ずっと同じメンバーで仕事をしていたようで周りの人たちができないところを手伝ってくれていたようです。

病気や障害を持ちながら仕事をするというのは、その人ができる仕事をしながら、できないところがあったら周りがフォローしながらやっていく、という形ならお互いに気持ちよく仕事ができるんじゃないかと。

もちろんフォローする方は大変なこともあるし、助けてもらう方も「迷惑をかけて申し訳ない」という思いもあるかもしれない。

私の祖母はきっと健康な人と祖母が対等な立場で働いていた。

だから、施設に入るまでは本人なりに楽しく仕事ができていたのではないかと思います。

けれど、この「注文を間違える料理店」はそのコンセプトが違うのではないか。

認知症の人ができることをしてもらうのではなく、認知症の人には難しい点があるかもしれない仕事を提供し、間違えたらフォローするのではなく「笑って許してね、だって認知症だもん」という上から目線的な発想なのではないか。

認知症の人は何もかも忘れてしまうのではなく、その時に感じた感情は残るし自尊心もある。

だから、間違えた時には「失敗して恥ずかしい」という思いが残るかもしれないし、間違えを笑われることは確実に自尊心を傷つける行為となる。

結局、下河原さんの言う通り認知症の人を笑いものにしているだけじゃないのか。

認知症がありながらも体はとても元気で、働きたいと思っている人はたくさんいます。

そういう人の思いを偽善に利用した感が否めない。

そういうところに私は「違和感」を感じたのではないか。

これを始めた人は、そんなこと思っていたわけじゃないかもしれない。

本当に認知症の人が元気で働ける場所を作ってあげたい、という純粋な思いで一生懸命考えた結果が、「注文を間違える料理店」だったのかもしれない。

でももしそうなら、もう少し認知症当事者や家族の意見、専門家の意見もしっかり聞く必要があったんじゃないか。

そんなことを思うと、自分の考えの浅はかさに恥ずかしくなりました。

まだまだ介護職としての知識や技術、そしてなにより心構えが甘すぎると思いました。

また一から勉強して、よくよく考えて行動していこうと思います。

大切なことに気が付かせてくれた下河原さん、ありがとうございました。

これからも日々精進します。

※トップ画 Image by simonwijers on Pixabay

介護
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この記事を書いた人
中村楓

山口県在住の介護福祉士&介護ライター。
わかりやすい言葉で誰にでも理解しやすい文章を書くのがモットー。
双子を含む3人の子育て真っ最中。
双子は口唇裂+口唇口蓋裂。
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