元号不要論に物申す

社会問題

あとわずかで新元号が発表されます。

そんな中、「元号なんて無駄、なくすべき」という意見をあちこちで見かけるようになりました。

元号不要論を掲げる人の多くは、効率化やコストの無駄を理由に挙げています。

確かに、そういう側面はあるかもしれません。

しかし、そんな理由で元号をなくしてもいいのでしょうか?

私は、元号は日本独自の文化だと思っています。

確かに、西暦と元号があって面倒なことはあるでしょう。

でも、元号には長い歴史があります。

その長い歴史を「コストの無駄、効率化すべき」という理由だけでなくそうというのは、これまでの長い歴史を否定する気がして、とても悲しく思います。

世界に合わせるべきという意見もあるかもしれません。

しかし、日本にしかない「元号」だからこそ後世に引き継いでいくべきものではないかと思うのです。

そもそも、日本の文化というのは、外国の文化を取り入れ日本風にアレンジして独自の進化を遂げてきました。

元号が今の時代に合わないというのなら、なくすのではなく今の時代に合わせて違った形にすることだって可能なのではないでしょうか。

私は、元号が今の時代に合わないとも思わないし、今と同様に西暦と併用することで世界に取り残されるようなこともないと思っています。

それに、私は日本人として日本の文化が好きだし、日本という国が好きです。

日本独自の文化は守りたいし、そういう思いこそが愛国心だと思っています。

元号不要論を掲げる人も、もう少しだけ日本という国や文化について考えてみてほしい。

私は、日本人としてのアイデンティティを大事にしていきたいです。

そして、新元号の発表をわくわくしながら待ちたいと思っています。

※トップ画像はMizharu YoshidaによるPixabayからの画像を使用しています。

社会問題
スポンサーリンク
この記事を書いた人
中村楓

山口県在住の介護福祉士&介護ライター。
わかりやすい言葉で誰にでも理解しやすい文章を書くのがモットー。
双子を含む3人の子育て真っ最中。
双子は口唇裂+口唇口蓋裂。
hide&X-JAPAN愛はすさまじい。

中村楓をフォローする
介護ライター中村楓の山口県から介護の未来を明るくするブログ